祖父が亡くなってから、実家の整理をしていた時のことだ。押し入れの奥から、ずしりと重い、古ぼけたダイヤル式の金庫が出てきた。生前の祖父が何を大切に仕舞っていたのか、家族の誰も知らなかった。もちろん、ダイヤルの番号も。その日から、その金庫は私たち家族にとって、開けることのできないタイムカプセルのような存在になった。中には祖父のへそくりでも入っているのだろうか、あるいは、私たちも知らない家族の歴史を物語るような手紙や写真だろうか。想像は膨らむばかりだったが、私たち素人の手には負えなかった。数ヶ月が経ち、私たちはついに専門の鍵屋さんに来てもらうことを決意した。電話で事情を話すと、ベテランらしき落ち着いた声の男性が「お任せください」と言ってくれた。当日、現れたのは想像通りの熟練の職人といった風貌の男性だった。彼は金庫を一目見るなり、「これは良い金庫ですね。昭和四十年代のものでしょう」と、まるで旧友に会ったかのように言った。彼は聴診器のような道具を取り出すと、金庫のダイヤル付近に当て、静かに耳を澄ませ始めた。部屋には、彼がダイヤルを回す、カチ、カチ、という乾いた音だけが響く。私たちは息を飲んで、その指先の動きを見守っていた。十分、二十分と時間が過ぎ、もう無理かもしれないと諦めかけたその時、彼はふっと顔を上げ、「開きますよ」と静かに告げた。そして、最後の操作を終え、重々しいハンドルを回すと、ゴトン、という鈍い音と共に、何十年も閉ざされていた分厚い扉がゆっくりと開いた。金庫の中から現れたのは、現金や宝石ではなかった。そこには、古びたアルバムと、祖母に宛てて書かれた、しかし投函されることのなかったであろう何通もの恋文、そして、私たちが生まれた時に撮ったへその緒と小さな写真が、大切に桐の箱に収められていた。職人さんは、私たちの目から涙がこぼれるのを見ると、静かにお辞儀をして、「良いものが入っていましたね」とだけ言って部屋を出て行った。あの日の解錠費用は三万円だったが、私たちが得たものは、お金には到底換えられない、祖父の深い愛情という、何よりも尊い宝物だった。