それは、抜けるような青空が広がる、絶好のツーリング日和でした。海岸線を流れる風が心地よく、私は愛車のエンジン音に耳を傾けながら、見知らぬ土地の景色を楽しんでいました。目的地の展望台に到着し、ヘルメットを脱いで壮大な景色を写真に収め、缶コーヒーで一息つく。最高の時間でした。しかし、その至福の時間は、帰路につこうとした瞬間に終わりを告げます。バイクに戻り、いつものようにジャケットのポケットに手を入れた時、そこにあるはずの鍵の感触がなかったのです。一瞬で血の気が引きました。ポケットというポケット、カバンの中、シートの上、考えられる全ての場所を探しましたが、どこにもありません。おそらく、展望台で写真を撮るためにジャケットを脱ぎ着した際に、ポケットから滑り落ちてしまったのでしょう。周囲を探し回りましたが、見つかりませんでした。見知らぬ土地、時刻はすでに夕暮れ。携帯の電波はかろうじて一本立っていました。私は震える手で「バイク 鍵 紛失 出張」と検索し、何件かヒットした鍵屋に片っ端から電話をかけました。現在地を伝えると、ほとんどの業者に対応を断られましたが、四件目にしてようやく「時間はかかりますが、向かえます」という返事をもらえました。そこからの二時間は、心細さとの戦いでした。日が沈み、気温が下がり、誰もいない駐車場でただ一人、ヘッドライトの光だけを頼りに待つ時間は、永遠のように感じられました。ようやく到着した鍵屋の作業員の方は、私の憔悴しきった顔を見るなり、温かい缶コーヒーを差し出してくれました。その優しさが身に染みて、涙が出そうになったのを覚えています。作業は手際よく進み、一時間ほどで新しい鍵が完成。エンジンがかかった時の安堵感は、今でも忘れられません。結局、出張費と作業費でかかった費用は三万五千円。痛い出札でしたが、それ以上に、スペアキーを持たずに遠出するリスク、そして見知らぬ土地で助けてくれる人がいることのありがたさを、身をもって学びました。