父の認知症が進行し、夜中にふらりと家を出ていこうとするようになったのは、二年ほど前の冬のことでした。最初は、玄関のドアが開くかすかな音で私が目を覚まし、穏やかに部屋へ連れ戻すことができていました。しかし、その頻度が増すにつれて、私の睡眠時間は削られ、神経は常に張り詰めるようになりました。このままでは、いつか事故に遭ってしまう。その恐怖から、私はインターネットで調べた補助錠を玄関に取り付けることを決意しました。ホームセンターで買ってきた鍵を、父の目の届かないドアの上部に取り付けた夜、私は深い罪悪感に苛まれました。まるで、尊敬する父を牢屋に閉じ込めているかのような気持ちになったのです。しかし、その一方で、今夜は父が出ていくことはないという安心感に、久しぶりに深く眠れたのも事実でした。そんな複雑な思いを抱えながらの日々は続きました。ある夜、ガチャガチャという音で目を覚ますと、父が補助錠に気づき、必死に開けようとしていました。その姿を見た時、私は涙が止まりませんでした。力で押さえつけるのではなく、もっと父の気持ちに寄り添う方法はないのか。悩んだ末に、私は地域包括支援センターのケアマネージャーさんに相談しました。そこで勧められたのが、スマートロックの導入でした。それは、夜の十時になると自動で鍵がかかり、もしドアが開けられると私のスマートフォンに通知が届くというものでした。この仕組みは、私の生活を一変させました。鍵の閉め忘れの心配がなくなり、万が一の時もすぐに気づけるという安心感が、私の心の大きな支えになったのです。さらに、日中は父の散歩に付き添い、活動量を増やすことで、夜ぐっすりと眠ってくれる日も増えました。玄関の鍵との格闘は、介護の難しさと、一人で抱え込んではいけないという大切な教えを、私に与えてくれました。